── 同じ「葬儀に関わるお金」でも、引けるものと引けないものがあります。
葬式費用や借入金は、相続税を計算するとき、亡くなった方の財産から差し引くことができます。これを債務控除といいます。ただし、同じ葬儀に関わる出費でも、香典返しやお墓の代金のように引けないものがあります。その線引きを知らないまま申告すると、引けるはずの費用を見落としたり、引けないものを入れてしまったりします。
たとえば、こんなご相談があったとします。
ご相談者は、ご主人を亡くされた50代の方。葬儀を終え、相続税の申告に向けて、かかったお金や支払いを整理し始めたところです。葬儀社への支払い、お寺へのお布施、参列された方への香典返し、四十九日の法要。それに、納骨に向けて新しく建てるお墓の代金と、まだ返し終えていない住宅ローン。手元には、いろいろな記録が並んでいます。
お布施には領収書がありません。香典返しやお墓の代金も、葬儀にまつわる出費であることは確かです。
「葬儀のまわりでかかったお金は、相続税から差し引けると思っていいのでしょうか。お布施は領収書もないのですが……」――そう、少し困った表情でおっしゃいました。
同じ「葬儀に関わるお金」に見えても、相続税の計算で差し引けるものと引けないものは、はっきりと分かれています。まずは、その大もとの債務控除のしくみから、順番に見ていきましょう。
◆ 債務控除の基本ルール|プラスの財産から借金や葬式費用を差し引く
相続税は、亡くなった方が残した財産のすべてに、そのままかかるわけではありません。プラスの財産から、借入金などのマイナスを差し引いて、残った額にかかります。この差し引きを債務控除といいます。たとえばプラスの財産が5,000万円あって、借入金と葬式費用で合わせて400万円あれば、差し引いた4,600万円をもとに相続税を計算します。
差し引けるのは、亡くなったときに現に存在して、支払うことが確実な借金や未払いのお金です。住宅ローンなどの借入金、亡くなったあとに届いた入院費や医療費の請求、まだ納めていなかった固定資産税や住民税。亡くなった年の所得税のように、亡くなったあとに相続人が代わりに納める税金も、債務として差し引けます。
ただし、住宅ローンには気をつけておきたい点があります。住宅ローンを組むときに団体信用生命保険(団信)に加入していれば、契約者が亡くなったときに、残りは保険金で完済されます。返す借金が残らないので、この場合は差し引く債務がないものとして扱います。冒頭のご相談者のように、ご主人の住宅ローンが残っていても、団信に入っていれば、差し引く債務としては消えることになります。団信のない住宅ローンであれば、残った借金を債務として差し引けます。
反対に、差し引けないものもあります。ひとつは、相続人の側の都合で生じた延滞税や加算税。申告が遅れたり、納めた額が足りなかったりして、あとからかかったぶんは、亡くなった方の借金ではないので引けません。もうひとつは、相続税がかからない財産にひもづく未払い金です。代表がお墓で、生前に買ったお墓の代金が未払いのまま残っていても、その分は差し引けません。お墓そのものに相続税がかからない(非課税の財産)ため、それにかかる借金も引かない、という決まりです。
出典:国税庁「No.4126 相続財産から控除できる債務」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4126.htm
◆ 葬式費用の対象範囲|相続財産から差し引けるものと引けない一覧
葬儀にかかった費用は、厳密にいえば亡くなった方の借金ではありません。亡くなったあとに、ご遺族が負担するお金だからです。それでも、人が亡くなれば必ずかかる出費であることから、相続税の計算では財産から差し引いてよいことになっています。
引けるのは、通夜や告別式、火葬・埋葬・納骨にかかった費用、ご遺体やご遺骨を運ぶための費用など、お葬式に通常かかるものです。お寺へのお布施や読経料、戒名料も含まれます。お布施は領収書が出ないことも多いのですが、その場合は、いつ・どこへ・いくら渡したかをメモに残しておけば大丈夫です。
引けないものもあります。香典返しの費用、墓石や墓地を買ったり借りたりする費用、初七日や四十九日といった法要の費用です。冒頭のご相談者が並べていた香典返し・お墓の代金・四十九日は、いずれもこの引けないほうに入ります。
引ける・引けないを、いちど整理しておきます。
葬式費用として引けるもの
- 通夜、告別式にかかった費用
- 火葬、埋葬、納骨の費用
- ご遺体、ご遺骨の回送(運搬)の費用
- お寺などへのお布施、読経料、戒名料(領収書がなければメモを残す)
葬式費用として引けないもの
- 香典返しの費用
- 墓石や墓地を買う、借りるための費用
- 初七日、四十九日などの法要の費用
なお、亡くなる前に口座から下ろしたお金で葬儀費用を払ったときは、少し順序に気をつけます。そのお金は、亡くなった日には手元にある現金(手許現金)として財産に入れたうえで、使ったぶんを葬式費用として別に差し引きます。二重に数えたり、逆に入れ忘れたりしないための考え方については、『自宅にあった現金は相続財産? 亡くなる前に下ろしたお金の扱い』で触れています。
出典:国税庁「No.4129 相続財産から控除できる葬式費用」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4129.htm
◆ 香典と香典返しの扱い|相続財産にも葬式費用にも入らない
葬儀でいただく香典は、亡くなった方の財産ではありません。喪主やご遺族に向けて贈られたお金と考えます。ですから、香典を相続財産に含める必要はありません。受け取った側も、常識的な金額の範囲であれば、贈与税や所得税がかかることはありません。
香典返しが葬式費用として引けないのは、ここにつながっています。香典そのものが相続と切り離されたお金なので、そのお返しも、相続税の計算とは別のもの、という整理です。香典を葬儀費用に充てても、逆に香典が余っても、差し引ける葬式費用そのものは変わりません。葬儀にかかった費用は、香典でまかなった分も含めて、引ける範囲のものはそのまま差し引けます。
◆ 債務控除を適用できる人|相続放棄をした人が葬式費用を負担した場合
債務控除を使えるのは、その借金や葬式費用を実際に負担する相続人などです。財産を受け継ぐ人が、あわせてマイナスも引き受ける、という考え方です。
気をつけたいのが、相続を放棄した人です。放棄すると、はじめから相続人でなかったことになり、借金を引き継がないかわりに、債務控除も使えません。ただし、葬式費用だけは扱いが少し違います。相続を放棄した人でも、生命保険金のように放棄しても受け取れる財産があり、その人が現実に葬式費用を負担したのであれば、負担したぶんを、受け取った財産から差し引いてかまいません。
出典:国税庁「相続税法基本通達 第13条《債務控除》関係(13-1)」
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/sozoku2/02/03.htm
◆ 手元の領収書とメモから対象の費用を整理する
葬儀にまつわる支払いは、悲しみのなかで、短いあいだに次々と重なります。あとから一つひとつを思い出して仕分けるのは、思うよりも骨の折れることです。領収書や、お布施を渡したときのメモは、その都度ひとまとめにしておくと、あとで対象の費用を整理するときに楽になります。
引けるものと引けないものの境目を先に知っておけば、集めた記録を、迷わず仕分けられます。通夜や告別式、火葬、お寺へのお布施は差し引けて、香典返しやお墓、法要は差し引けない。この線引きひとつを手元に置いておくだけで、大切な人を見送るためにかかったお金を、きちんと相続税に反映させることができます。
