──あなたはどっち向きか、先に知っておく
相続手続きは、専門家に丸ごと頼むことも、自分でやることもできます。手間が大きくなる人ほど依頼が向きます。まず、自分がどちら向きかを知っておくと迷いません。
実際に、ある相続のご相談で、こんなことがありました。
お父様を亡くされた、60代の娘さんからのご相談でした。お葬式を終えて少し落ち着いたころ、「そういえば、銀行のことをやらなければ」と思い立ち、お父様の通帳を持って、窓口へ向かわれました。
ところが、窓口で告げられたのは「相続のお手続きは、ご予約のうえ、改めてお越しください」という言葉。しかも、必要な書類もまったく足りていませんでした。戸籍を一式そろえて、相続人全員の書類を準備して、予約を取って、出直し。半日かけて出かけたのに、その日は結局、何も進みませんでした。
娘さんは、ぽつりとおっしゃいました。「やることが多すぎて、途方に暮れています。これ、全部自分でやらないといけないんでしょうか」と。
実は、ここには分かれ道があります。相続の手続きは、専門家に丸ごと頼むこともできるし、自分でやることもできる。どちらが正解というものではなく、人によって向き・不向きがあります。今日は、その「あなたはどっち向きか」を、先にお伝えします。
◆ 自分でやる場合の手間|戸籍・銀行・不動産
判断するには、自分でやる場合の手間を、先に知っておくのがいちばんです。
亡くなったあとの手続きには、決まった出発点があります。戸籍を集めて、相続人が誰なのかを確定することです。銀行も不動産も、その先の手続きはすべて「相続人全員の書類」を求めてくるので、ここが固まらないと一歩も進めません。
もっとも、この戸籍集めは、昔ほど大変ではなくなりました。以前は、転籍や結婚で本籍地が変わっていると、その地域の役所すべてに一つずつ請求して回る必要がありました。それが2024年3月から、最寄りの市区町村の窓口で、全国の戸籍をまとめて請求できるようになっています(広域交付制度)。出生から亡くなるまでの戸籍を、一か所で取れることが多くなりました。(ただし、本人が窓口に行く必要がある、兄弟姉妹が相続人のケースや一部の古い戸籍は対象外、といった例外は残っています。)
本当に時間と足を取られるのは、その次の、財産の名義変更です。
たとえば銀行。亡くなった方の口座は、銀行が亡くなったことを把握した時点で凍結され、引き出しも引き落としも止まります。解約や名義変更には戸籍一式や相続人全員の書類が必要で、銀行によっては事前予約が欠かせません。しかも、この手続きは銀行ごとに、一つずつ。3つの銀行に口座があれば、3回、同じような書類をそろえて回ることになります。先ほどの娘さんが出直しになったのも、ここでした。
不動産があれば、さらに手間が増えます。どこにどんな不動産を持っていたかを正確に把握するために、市区町村ごとに「名寄帳」というものを取り寄せる必要があり、これが地味に大変です。複数の地域に不動産があれば、その数だけ役所とやり取りすることになります。把握し損ねると、あとから漏れが見つかる、ということも起こります。
これらに加えて、証券や保険の手続きもこなしていく。一つひとつは難しくなくても、平日の日中に動く場面が多く、量がまとまると、かなりの負担になります。
◆ 司法書士などに丸ごと頼む
一方で、こうした遺産整理の手続きを、丸ごと引き受けてくれる専門家もいます。司法書士や行政書士です。戸籍集めから銀行・不動産の名義変更まで、まとめてお願いすることができます。
ただし、当然ながら費用はかかります。目安としては、相続財産の額に応じた数パーセント、という料金体系が一般的です。財産が大きくなるほど、払う額も大きくなります。決して小さな額ではありません。
つまり、ここは「お金で手間を買うか、手間でお金を浮かせるか」の天秤なのです。どちらが得かは、人によって変わります。
◆ 丸ごと頼んだ方がいい人の4つの条件
私が現場で見てきて、「これは丸ごと頼んだ方がいい」と感じるのは、手間の総量が大きくなる人です。具体的には、次のような条件がそろう方ほど、その傾向があります。
ひとつは、相続人が現役世代で、日中に動きにくい人。銀行も役所も平日の日中が基本なので、仕事を抱えていると、そもそも回りきれません。
ふたつめは、亡くなった方の口座の数が多い人。先ほどのとおり、銀行は一つずつ。口座が多いほど、回る回数も書類の手間も増えていきます。
みっつめは、不動産が多い人。名寄帳の取り寄せをはじめ、不動産がからむと手続きの難易度と量が一段上がります。
よっつめは、相続人や財産が遠方にある人。遠くの役所や銀行とのやり取りは、それだけで時間も交通の負担も大きく、自分でやるハードルがぐっと上がります。
逆に、財産がそれほど多くなく、口座も少なく、不動産もない、相続人も近くにいて争いもない──そんな方なら、費用を払って頼むより、何度か足を運んで自分でやる方が、合理的なこともあります。
◆ 自分でやるか頼むか、判断のしかた
大事なのは、「全部自分でやらなきゃ」とも「とりあえず全部頼もう」とも、決めつけないことです。自分が手間のかかる側なのか、そうでないのか。それを知ったうえで選べば、納得して進められます。
そして、どちらを選ぶにせよ効いてくるのが、事前の準備です。親御さんがお元気なうちに、「どの銀行に口座があるか」「不動産はどこか」といった、財産のありかだけでも分かるようにしておく。これだけで、自分でやるなら手間が何分の一にもなり、専門家に頼むなら見積もりも段取りもスムーズになります。
相続は、起きてから動き出すと、知らない手続きに一つずつぶつかっては、足が止まります。けれど、「自分はどちら向きか」と「財産のありか」を先に持っていれば、慌てずに、落ち着いて選べます。
準備は、悲しみのまっただ中で始めるより、ずっと前の、まだ落ち着いていられるうちにこそ、できるのです。