── 「配偶者は1億6,000万円まで無税」は、いつも得とは限りません
配偶者の税額軽減を使うと、一次相続の相続税を大きく減らせます。ただ、配偶者にすべてを寄せてしまうと、次に配偶者が亡くなったときの二次相続で、子の相続税がかえって増えることがあります。一次相続と二次相続を合わせて眺めると、見え方が変わってきます。
相続した財産をどう分けるかを決めるとき、多くの方が見落としやすいポイントがあります。たとえば、こんなご相談です。
お父様が亡くなり、相続人はお母様と、子であるきょうだい2人。財産はご実家と預貯金で、お母様ご自身にも、長年の暮らしのなかで蓄えてきた預貯金があります。相続の話し合いの席で、ご相談者のきょうだいが、こう言いました。「配偶者は1億6,000万円まで相続税がかからないらしい。だったら、ぜんぶ母さんが相続すれば税金はゼロだよね」。
ご相談者は、その場ではうなずいたものの、あとになって気にかかったそうです。「たしかに今回はゼロで済む。でも、母がいずれ亡くなったとき、私たちはどうなるんだろう」。
結論からいえば、その心配は、当たっています。順を追って見ていきます。
◆ 配偶者の税額軽減とは?——1億6,000万円か法定相続分まで相続税がかからない
配偶者の税額軽減は、配偶者が実際に相続した財産のうち、1億6,000万円と、配偶者の法定相続分にあたる金額の、どちらか多いほうまでは相続税がかからない、という制度です。長年連れ添って一緒に財産を築いてきた配偶者の暮らしを守るための、大きな優遇です。
たとえば、相続人がお母様と子で、お母様の法定相続分が2分の1だとします。財産が3億円なら、法定相続分は1億5,000万円ですが、1億6,000万円のほうが多いので、非課税になるのは1億6,000万円まで。逆に財産がもっと多く、法定相続分が1億6,000万円を超えるなら、その法定相続分までが非課税です。どちらにしても、多くのご家庭では、配偶者が相続する分に相続税はかかりません。
ひとつだけ、忘れやすい注意があります。この軽減は、使えば相続税がゼロになる場合でも、相続税の申告をして初めて認められます。「無税だから申告は要らない」と思って手続きをしないと、軽減そのものが受けられません。
出典:国税庁「No.4158 配偶者の税額の軽減」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4158.htm
◆ 一次相続をゼロにすると危険?二次相続で子供の税負担が重くなる3つの理由
問題は、この軽減を「今、目の前の相続税をゼロにするため」だけに使ってしまったときに起きます。
配偶者にすべてを寄せると、その分の財産は、次に配偶者が亡くなる二次相続まで持ち越されます。ところが二次相続では、一次相続で税金を抑えてくれていた条件が働きません。子の負担が重くなるのは、主に次の3つが重なるからです。
- 配偶者の税額軽減が使えない。二次相続では、その配偶者がもういないからです。
- 相続人が1人減る。これは税額に二重に効きます。まず、非課税の基礎控除「3,000万円+600万円×法定相続人の数」が、600万円分減ります。さらに、相続税は法定相続人の人数で財産を割ってから税率をかける仕組みです。人数が少ないほど1人あたりの取り分が大きくなり、高い税率がかかりやすくなります。
- 課税される財産そのものが増える。一次相続で受け取った分が、配偶者がもともと持っていた財産に上乗せされるからです。
つまり、一次相続で配偶者に寄せた分は、二次相続でまとめて子に課税される、という形になりやすいのです。
◆ すべて配偶者に寄せた場合と法定相続分で分けた場合の比較
数字で見たほうが早いので、簡単な例で比べてみます。金額は分かりやすいように丸めています。
前提は、お父様の財産が6,000万円、相続人はお母様と子2人。お母様ご自身の財産が4,000万円あるとします。
まず、全部をお母様が相続した場合です。
ケース1:全部をお母様が相続
- 一次相続:お母様が6,000万円すべてを相続。配偶者の税額軽減が働いて、相続税は0円。
- 二次相続:お母様の財産は、元の4,000万円に相続した6,000万円が加わって、1億円に。これを子2人で相続すると、相続税は2人合わせて770万円。
- 二度の相続の合計:0円+770万円=770万円
一次相続だけ見れば「税金ゼロ」ですが、寄せた6,000万円がそのまま二次相続に持ち越され、そこでまとめて課税された形です。
次に、法定相続分で分けた場合です。お母様が2分の1、子が4分の1ずつ相続します。
ケース2:法定相続分で分ける
- 一次相続:お母様が3,000万円、子が1,500万円ずつ。お母様の分は軽減でゼロ、子の分にだけ税金がかかり、2人合わせて60万円。
- 二次相続:お母様の財産は、元の4,000万円に相続した3,000万円が加わって、7,000万円。子2人で相続して、相続税は合わせて320万円。
- 二度の相続の合計:60万円+320万円=380万円
こちらは一次相続で60万円を納めるかわりに、二次相続でお母様のもとに積み上がる財産が3,000万円少なくなり、その分、二次相続の税金が軽くなりました。
並べてみると、同じ財産でも、二度の相続の合計は770万円と380万円。一次相続をゼロにすることを優先したほうが、かえって倍近い負担になりました。目の前の0円に安心してしまうと、この差には気づけないのです。
出典:国税庁「No.4155 相続税の税率」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4155.htm
さらに、細かい話をひとつ。前の相続から10年以内に次の相続が起きたときは、前回納めた相続税の一部を今回の相続税から差し引ける「相次相続控除」という仕組みがあります。ところが、一次相続で配偶者に寄せて相続税をゼロにしていると、そもそも納めた税金がないので、この控除も使えません。ゼロにしたことが、二重にひびいてくることがあるわけです。
出典:国税庁「No.4168 相次相続控除」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4168.htm
◆ 税金の損得だけで決めない|配偶者が相続したほうがよい「暮らしと自宅の特例」
ここまで読むと「では、配偶者の取り分は減らしたほうが得なのか」と思われるかもしれませんが、そう単純でもありません。ここまでの話は配偶者に寄せる「金額」のことで、どの財産を誰が引き継ぐかは、また別の問題です。
たとえば自宅です。配偶者がご自宅を相続すると、同居していたかどうかを問わず、その土地の評価を大きく下げられる特例が使えます。これは『小規模宅地等の特例とは?自宅の土地は330㎡まで8割減、相続税ゼロでも申告は必要』で解説している特例です。自宅を守り、住み慣れた家で暮らし続けるという点でも、配偶者が相続する意味は小さくありません。
また、二次相続の負担は、配偶者ご自身の財産や、その後の暮らし方によっても変わります。配偶者に固有の財産が少なかったり、相続した財産を二次相続までの生活で使っていったりすれば、二次相続で課税される財産はそれほど積み上がりません。配偶者へ寄せても、結果として大きな差にならないこともあるのです。
そして何より、相続は数字だけで割り切れるものではありません。残された配偶者が、住み慣れた家で安心して暮らしていけること。その大切さは、税額の多い少ないとは、別のところにあります。
大切なのは、目の前の相続税だけで決めないこと。いま起きている一次相続だけでなく、いずれ訪れる二次相続まで見据えて、税額と暮らしの両方を考えながら、分け方を選ぶことです。
税金の損得だけを追えば、いちばん多く手元に残る分け方は計算できます。ただ、それが家族にとって納得できる分け方とは限りません。この違いは『遺産分割の決め方|「税金で得な分け方」と「納得できる分け方」はなぜ違うのか』でも書いたとおりです。
残された配偶者がこの先どう暮らしていくのか。きょうだいが、わだかまりを残さずに次の相続を迎えられるのか。そこまで含めて考えたとき、はじめて「わが家にとっての正解」が見えてきます。
数字は大切な手がかりですが、それがすべてではありません。お母様がこれからの日々を穏やかに過ごせること。そのうえで、いつか来る次の相続で、子どもたちが困らないこと。その両方を願いながら、家族で一度、話し合っておけたら。それがきっと、いちばんの備えになります。
配偶者にどれだけ寄せるかは、分け方を決める大事な判断のひとつです。遺産分割全体の進め方の中での位置づけは、『遺産分割は何から始める?進め方の手順と知っておきたい10か月の期限』で確かめられます。
