── 相続財産に持ち戻しても、二重には課税されません
贈与税額控除は、相続のときに相続財産へ持ち戻される生前贈与について、すでに納めた贈与税を相続税から差し引けるものです。同じ財産に贈与税と相続税が二重にかかるのを、これで防ぎます。持ち戻しと聞くと身構えがちですが、前に納めた税がそのまま無駄になるわけではありません。
たとえば、こんなご相談があったとします。
ご相談者は、50代の方。数年前、お父様から「家の足しに」と500万円を受け取り、翌年に贈与税を納めました。最近になってお父様を見送り、相続税のことを調べはじめたところ、あのときの500万円も相続財産に持ち戻して相続税を計算する、と知ったそうです。
「あのとき、きちんと贈与税を納めたんです。それなのに、同じお金にもう一度、相続税がかかるのでしょうか」――そう、心配そうにおっしゃいました。
同じ財産に、贈与税と相続税がまるごと二重にかかることはありません。それを防ぐのが、これからお話しする贈与税額控除です。まずは、持ち戻しと控除のつながりから、順番に見ていきましょう。
◆ 贈与税額控除とは|持ち戻した生前贈与の二重課税を防ぐ仕組み
暦年課税では、亡くなる前の一定期間に渡した贈与を、相続のときに相続財産へ持ち戻して相続税を計算します。これを生前贈与加算といいます。持ち戻される贈与のなかには、贈与のときにすでに贈与税を納めたものがあります。そこへそのまま相続税もかければ、同じ財産に二度、税がかかってしまいます。
これを避けるために、持ち戻した贈与について納めた贈与税は、相続税から差し引きます。これが贈与税額控除です。贈与のときに前払いした税を、相続のときに差し引いて精算しなおす、と考えると分かりやすいかもしれません。持ち戻しの対象になる期間は、かつての3年から、いまは段階的に延びている最中です。その期間や、誰への贈与が持ち戻されるかは『暦年課税で始める無理のない生前贈与|毎年110万円の枠と知っておきたい注意点』で説明しています。
◆ 控除の対象と注意点|実際に納めた贈与税の本税のみを差し引く
気をつけたいのは、持ち戻しと控除が、別々の条件で動くことです。
持ち戻しは、加算の対象になる期間の贈与であれば、贈与税がかかっていたかどうかに関係なく行います。1年間110万円までの基礎控除におさまって贈与税がかからなかった贈与も、亡くなった年に渡した贈与も、みな相続財産へ持ち戻します。
いっぽう、相続税から差し引けるのは、実際に納めた贈与税だけです。毎年110万円の範囲でこつこつ渡してきた場合は、持ち戻しはされても、納めた贈与税がなく、差し引く控除もありません。控除があるのは、110万円を超えて贈与税を納めた、その分についてです。なお、差し引けるのは贈与税の本税で、期限に遅れたときの加算税や延滞税は、控除の対象になりません。
出典:国税庁「No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4161.htm
◆ 具体的な計算例|納めた贈与税を相続税から差し引く流れ
実際の金額で見てみましょう。
例:数年前、18歳以上のお子さんが、お父様から500万円の贈与を受け、贈与税を納めていた場合
その年の贈与税は、500万円から基礎控除110万円を引いた390万円をもとに計算します。親から18歳以上の子への贈与なので、低いほうの税率(特例税率)で15%・控除10万円。
390万円 × 15% - 10万円 = 48万5,000円
この48万5,000円を、お子さんは翌年に納めています。
そして、お父様が亡くなり、この500万円が相続財産へ持ち戻されたとき。相続税の計算では、まず500万円を加えて相続税を出し、そのうえで、さきに納めた48万5,000円を、その相続税から差し引きます。二重にかかっていた分が、ここで取り戻せます。
相続財産に加えるのは、110万円を引いた390万円ではなく、500万円の全額です。
◆ 還付の有無と他の制度|暦年課税と相続時精算課税・特定贈与財産との違い
もうひとつ知っておきたいのが、差し引ききれなかったときの扱いです。
納めた贈与税のほうが、計算した相続税より大きいこともあります。たとえば、相続財産の全体が小さく、相続税がもともとあまりかからないような場合です。このとき、暦年課税では、差し引ききれずに余った贈与税は戻ってきません。相続税をゼロにするところまでは差し引けますが、それを超えた分は返らない、ということです。
ここが、相続時精算課税との分かれ目のひとつになります。相続時精算課税では、納めた贈与税を相続税から差し引ききれないとき、余った分は申告によって還付されます。同じように持ち戻して精算する制度でも、暦年課税は戻らず、相続時精算課税は戻る。相続時精算課税の全体像は『相続時精算課税とは?2,500万円まで先に渡し、相続のときに精算する』でまとめています。
出典:国税庁「No.4103 相続時精算課税の選択」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4103.htm
また、そもそも持ち戻し自体をしなくてよい贈与もあります。
長年連れ添った配偶者へ自宅を渡す贈与(おしどり贈与)で、贈与税の配偶者控除を受けた部分は、生前贈与加算の対象になりません。持ち戻さないので、納めた贈与税を差し引く調整もいりません。持ち戻したうえで差し引くのが贈与税額控除、加算の対象にならないのが特定贈与財産です。この例外は『特定贈与財産とは?生前贈与加算の例外で配偶者の自宅が持ち戻されないケース』で取り上げています。
◆ 納めた贈与税の記録を確認して申告する
贈与税額控除は、相続財産に持ち戻した贈与について、同じ財産に贈与税と相続税が二重に重ならないよう整えるための調整です。贈与のときに申告し、納めた記録を残しておけば、相続のときに、その分だけ相続税から差し引けます。
冒頭のご相談者のように、「贈与税を払ったのに、また相続税も」と身構えてしまうのは、無理のないことです。けれど、同じ財産に二度分がまるごと重なることはありません。あのとき納めた贈与税は、相続のときにきちんと差し引かれます。元気なうちに手渡しておきたいという親心が、二重の税で目減りすることはありません。
