── 渡してしまえば、それで終わりとは限りません。
生前贈与は、亡くなる前に自分の財産を渡しておくことです。渡し方には性格の違う2つの方法があり、いつ・誰に・いくら渡すかで、相続のときの相続税の扱いまで変わります。
たとえば、こんなご相談があったとします。
ご相談者は、60代の方。ご自身の財産を、いずれ家族に引き継いでいくことを考えはじめました。相続を待たず、いまのうちにできることはないかと、生前贈与について調べてみたそうです。
すると、暦年課税、相続時精算課税、持ち戻し……と、聞き慣れない言葉が次から次へと出てきます。ひとつ調べると、また知らない言葉にぶつかる、という具合です。
「これは、何から手をつければいいのでしょう」――そう、困った様子でおっしゃいました。
生前贈与は、渡し方から相続での扱いまで、いくつかのことがらにまたがっています。はじめは全体が見えにくくても、ひとつずつたどっていけば、そのつながりが見えてきます。まずは、渡し方の違いから、順番に見ていきましょう。
◆ 2つの渡し方|毎年少しずつか、まとまった額を先にか
生前贈与にかかる贈与税には、暦年課税と相続時精算課税という2つの課税方法があります。
暦年課税は、1年間に受け取った額のうち110万円までは贈与税がかからず、渡す相手も選びません。特別な手続きをしなければ、贈与税はこの方法で計算されます。毎年少しずつ、長く渡していくのに向いています。暦年課税については『暦年課税で始める無理のない生前贈与|毎年110万円の枠と知っておきたい注意点』でまとめています。
相続時精算課税は、その年の1月1日に60歳以上の親や祖父母から、18歳以上の子や孫へ渡すときに選べる方法です。累計2,500万円まで、まとまった額を先に渡しても、そのときは贈与税がかかりません。そのかわり、いったん選ぶと、その相手からの贈与を暦年課税へ戻すことはできません。こちらは『相続時精算課税とは?2,500万円まで先に渡し、相続のときに精算する』で整理しています。
どちらが向くかは、いくらを・いつまでに・誰に渡したいかで変わります。2つの違いと、選ぶときの基準は『暦年課税と相続時精算課税はどっちを選ぶ?違いと選び方の基準』で説明しています。
気をつけたいのが、自宅の土地です。暦年課税でも相続時精算課税でも、生前に贈与してしまうと、相続のときに使えるはずの小規模宅地等の特例が使えなくなります。土地は無理に生前へ動かさず、相続で渡すほうが、税の負担が軽くなることもあります。
◆ 相続での持ち戻し|生前の贈与が相続財産に戻るケース
生前贈与でもうひとつ知っておきたいのが、渡した財産が、相続のときに相続財産へ戻されることがある点です。戻すことを持ち戻しといいます。持ち戻しは、どちらの渡し方でも起こります。
暦年課税では、亡くなる前の一定期間の贈与を、相続財産へ持ち戻します。これを生前贈与加算といいます。対象になる期間は、かつては亡くなる前の3年でしたが、いまは段階的に延びている最中です。亡くなる間際にまとめて贈与して相続税を軽くする、といったことを防ぐための扱いです。
相続時精算課税では、この制度による贈与を、時期を問わず相続財産へ持ち戻します。そのかわり、毎年110万円までの基礎控除におさまる分は、持ち戻さなくてかまいません。同じ持ち戻しでも、暦年課税は「亡くなる前の一定期間」、相続時精算課税は「基礎控除を超えた分」と、戻る範囲が違います。
出典:国税庁「No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4161.htm
◆ 持ち戻しの例外と調整|配偶者への自宅と、納めた贈与税の精算
持ち戻しには、例外と、二重に課税されないための調整があります。
ひとつは、長年連れ添った配偶者へ自宅を贈与したとき。婚姻期間20年以上などの要件を満たし、贈与税の配偶者控除(おしどり贈与)を受けた部分は、亡くなる前の贈与でも相続財産に持ち戻されません。この持ち戻さない部分を特定贈与財産といい、『特定贈与財産とは?生前贈与加算の例外で配偶者の自宅が持ち戻されないケース』で取り上げています。
もうひとつは、持ち戻す贈与について、すでに贈与税を納めていたとき。同じ財産へ贈与税と相続税がまるごと二重にかからないよう、納めた贈与税は相続税から差し引きます。これを贈与税額控除といい、『生前贈与加算で税金は二重にかかる?贈与税額控除の仕組みと計算方法』で解説しています。
◆ 贈与を成立させるポイント|契約書と振り込みの記録を残す
どちらの渡し方を選んでも、大切なのは、贈与をきちんと成立させておくことです。贈与は、渡す側と受け取る側の合意があり、受け取った人がそのお金を自分で管理し、自由に使える状態になって、はじめて成り立ちます。口座へお金を移しても、受け取る人がそれを知らなければ、贈与とは認められないことがあります。
そのためには、渡した記録を形に残しておくことが役立ちます。贈与のたびに贈与契約書をつくる、手渡しではなく振込にして記録を残す、通帳や印鑑は受け取った本人が持つ。こうした積み重ねが、たしかに渡したという証しになります。
生前贈与は、渡して終わりではなく、相続のときまで続きます。渡し方と、そのあとの扱いの両方を見たうえで手渡せば、大切な人を思う気持ちは、いちばんよい形で届きます。
