離婚した元夫は法律上「他人」─だから家なき子特例が使える場合があります

目次

── 「自分名義の家はない。でも、元夫の家に住んでいる」

相続した実家の土地は、小規模宅地等の特例が使えれば評価額が8割下がり、相続税を大きく減らすことができます。同居していなかった子でも、通称「家なき子」の要件にあてはまれば使えますが、離婚して元夫の家に住んでいる人の扱いは、見落とされがちです。

たとえば、こんなご相談があったとします。

お母様を亡くされた、40代の女性。お父様はずっと前に亡くなっていて、お母様はそのあと、長く実家で一人暮らしをされていました。いわゆる二次相続です。ご相談者にはごきょうだいが何人かいますが、皆それぞれ家庭を持って独立していて、お母様と同居していた方はいません。話し合いの結果、ご実家の土地と建物は、ご相談者が引き継ぐことになりました。

ところが、ご本人にはひとつ気がかりがありました。ご相談者は離婚していて、いまは元のご主人が所有する家に住んでいました。賃貸住宅を借りているのではなく、元夫名義の家で暮らしている、ということです。

「賃貸ならよかったんですけど、いま住んでいるのは元夫の家なんです。自分名義の家なんて一度も持ったことがないのに……元夫の家に住んでいると、実家には特例は使えませんよね?」

そうあきらめかけておられましたが、結論から言えば、この場合は特例を使うことができました。

◆ そもそも小規模宅地等の特例とは──実家の土地が8割引きになる仕組み

小規模宅地等の特例は、亡くなった方が住んでいた自宅の土地を一定の親族が相続したとき、その土地の評価額を330㎡(約100坪)まで8割減らせる制度です。相続税は、土地や預貯金などを合計した財産全体の評価額に対してかかります。ですから、その土地の評価額が8割下がれば、財産全体の評価額が下がり、相続税も軽くなります。相続税評価額の高い土地ほど、下がる金額が大きく、効き目も大きくなります。

この特例は、もともと配偶者や、亡くなった方と同居していた親族が自宅を引き継ぐ場面を想定しています。残された家族が、相続税を払うために住む家まで手放さずに済むように、という趣旨の制度です。

◆ 同居していない子でも使える「家なき子」とは──持ち家のない別居の親族の特例

問題は、今回のように、子が親と同居していなかった場合です。原則どおりなら、別居の子は特例を使えません。けれども、一定の条件を満たせば、同居していなかった親族でも使えます。これが、通称「家なき子特例」と呼ばれるものです。国税庁が定めた正式な名前ではなく、現場で使われている呼び名で、この記事では短く「家なき子」と呼びます。

家なき子が使えるのは、おおまかに言えば、次のような場面です。まず、亡くなった方に配偶者がいないこと。そして、その家に同居していた法定相続人がいないこと。要するに、一人暮らしだった親が亡くなった、二次相続のような状況です。今回のお母様のケースは、まさにこれに当てはまります。

そのうえで、実家を引き継ぐ子の側に、次の条件が求められます。ひとつは、相続が始まる前の3年間、自分・自分の配偶者・3親等内の親族・特別な関係のある法人が持っている家に住んでいないこと。平たく言えば、自分や身内の持ち家に住んでいない、ということです。もうひとつは、いま住んでいる家を、過去に自分が所有したことが一度もないこと。そして、相続した土地を、相続税の申告期限まで持ち続けることです。

要は、賃貸暮らしなどで自分の持ち家がない人のための特例だと考えると、わかりやすいと思います。

出典:国税庁「No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4124.htm

◆ 離婚した元夫の家に住んでいても家なき子は使える──「配偶者」でも「親族」でもなくなるから

ここで、今回のご相談者の気がかりに戻ります。ご本人は「元とはいえ、夫だった人の家に住んでいるのだから、身内の家に住んでいることになって、使えないのでは」と考えていました。けれど、ここがこの特例の意外なところです。

家なき子で問われるのは、「自分・自分の配偶者・3親等内の親族」の持ち家に住んでいないか、でした。言い換えれば、賃貸住宅で暮らしていて、自分にも身内にも持ち家がない人が、まさにこの特例の対象です。

気をつけたいのは、配偶者名義の家です。もし今も結婚していて、夫名義の家に住んでいたら、その家は「配偶者の持ち家」にあたり、家なき子は使えません。自分名義でなくても、配偶者の持ち家は「身内の持ち家」として扱われるからです。ご相談者が不安に思っていたのも、まさにこの点でした。

では、離婚した元夫の場合はどうでしょうか。離婚すれば、その相手は「配偶者」ではなくなり、結婚によって生じた親族の関係もなくなります。つまり元夫は、自分にとって配偶者でも親族でもなく、法律のうえではまったくの他人なのです。

そうすると、名義は元夫でも、その家は「自分・配偶者・親族の持ち家」のどれにも当たりません。だから、元夫名義の家に住んでいても、家なき子の対象になりえます。この話をすると、ご相談者はずいぶん驚いておられました。

◆ 見落とすと家なき子が使えない落とし穴──家の名義と「過去に所有していないか」

ただし、ここで気を抜くと足をすくわれます。確かめておくべき点が2つあります。

ひとつは、その家の名義が、本当に元夫ひとりのものかどうかです。たとえば、その家がお子さん名義になっていたとしたら、どうでしょう。自分の子は、親子の関係ですから1親等にあたり、3親等内の親族に含まれます。すると「3親等内の親族の持ち家に住んでいる」ことになり、その時点で家なき子は使えなくなります。これは、家がまるごとお子さん名義の場合だけの話ではありません。元夫とお子さんの共有名義になっていて、お子さんが持ち分の一部を持っているだけでも、「3親等内の親族が持つ家に住んでいる」ことになり、同じく使えなくなります。名義が誰か、共有になっていないかまで、必ず確かめる必要があります。

もうひとつは、いま住んでいるその家を、過去に自分が所有していなかったか、です。たとえば、離婚する前にその家を夫婦の共有名義にしていて、離婚のときに自分の持ち分を元夫へ渡していた、というような事情があると、「いま住んでいる家を過去に自分が所有していた」ことになり、これも家なき子の要件から外れてしまいます。

家なき子は、もともとは賃貸暮らしなどで本当に持ち家のない人のための特例でした。ところが、実際には持ち家のある子が、この特例を使うために、さまざまな工夫をこらすようになりました。たとえば、自分名義の自宅を、自分の子や、自分が関わる会社などに売ったり贈与したりして名義だけ移し、その家にそのまま住み続けて「自分名義の家はない」という形をつくる。こうして、本当は持ち家があるのに「持ち家のないふり」をして特例を受ける、という抜け道が問題になりました。そこで、2018年の改正で要件が厳しくなり、いまは、自分だけでなく配偶者・3親等内の親族・特別な関係のある法人が持つ家に住んでいてもだめ、さらに、いま住んでいる家を過去に自分が所有していたこともだめ、と定められています。だからこそ、住んでいる家の名義や過去の所有歴を、登記で丁寧に確かめることが欠かせません。

今回のケースでも、登記事項証明書(登記簿)を取り寄せて、その家を過去に一度も所有していないこと、名義が元夫であることを確認します。そのうえで家なき子の要件を満たすと確認でき、ご実家の土地に小規模宅地等の特例を適用できました。結果として、土地の評価額が大きく下がり、相続税の負担を抑えることができました。

◆ 実家を残したいなら、家なき子の確認は早めに──申告期限の前に動く

相続税の申告には、亡くなったことを知った日の翌日から10ヶ月という期限があります。同じ小規模宅地等の特例でも、家なき子として使う場合は、配偶者や同居の子が使う場合に比べて、添付する書類が多くなります。過去3年間どこに住んでいたかを示す戸籍の附票の写しや、住んでいる家の名義・過去の所有歴を示す登記事項証明書などです。さらに、小規模宅地等の特例は、申告期限までに遺産分割の話し合いがまとまっていることも前提になります。書類を集め、誰が実家を引き継ぐかを決めるには、思いのほか時間がかかります。

「元夫の家に住んでいるのだから、自分には無理だろう」と早合点して、特例を確かめないまま申告してしまうと、本来は軽くできたはずの相続税を、そのまま払うことになりかねません。今回のように、離婚して元夫の家に住んでいるといった事情があるときほど、一度立ち止まって、家なき子に当たらないかを確かめてほしいと思います。

親が長く暮らした実家を、相続税のために慌てて手放さずに済むように――この特例は、そのために用意されたものです。離婚といういきさつが、相続の場面ではかえって特例を使える方向に働くこともあります。制度には、そんな意外な一面もあるのだと、心に留めておいていただければと思います。

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