── 「遺言があるから、もう決まり」とは限りません。
遺言があれば、財産は原則としてその内容にそって分けられます。ただし、配偶者・子・親には「遺留分」という最低限の取り分があり、これは遺言があっても残ります。誰に遺留分があり、なぜ兄弟姉妹だけは遺言で外せるのか。「こんな遺言がある以上、もう何も言えない」――偏った遺言を前にしたそんな思い込みの多くは、そもそも遺留分という制度を知らないことから生まれます。
たとえば、こんなご相談です。
ご相談者は、お父様を亡くされた50代の男性。お父様の相続人は、お子さん3人(長男・次男・長女)で、ご相談者はその次男にあたります。お母様は数年前に先立ち、長男はお父様と同居して、家業も継いでいました。遺されたお父様の遺言には、こう書かれていました。「全財産を長男に相続させる」。
実家も預金も、すべて長男へ。次男の自分にも、妹にも、一円も残らないのだろうか――。「遺言にそう書いてある以上、もう何も言えないのでしょうか」。半ばあきらめたように、そうおっしゃいます。
結論からいえば、そんなことはありません。次男と長女には、遺言があっても、法律で守られた取り分があります。ただ、それは黙っていて戻ってくるものではありません。順を追って見ていきます。
◆ 遺言があれば法定相続分より遺言が優先|まず「遺言の効力」を押さえる
財産の分け方は、大きく3通りあります。ひとつ目は、遺言があれば、そのとおりに分ける方法。ふたつ目は、遺言がないとき、相続人全員の話し合い(遺産分割協議)で決める方法。みっつ目は、その話し合いもまとまらないとき、法律の定める割合(法定相続分)で分ける方法です。
法定相続分とは、民法が定めた、各相続人の取り分の割合です。配偶者と子なら配偶者1/2・子1/2、というように決まっています。あとで説明する遺留分も、この法定相続分をもとに計算します。
3つのうち、いちばん強いのは遺言です。ですから、「全財産を長男に」という遺言も、基本的には、そのまま実現します。自分の財産を誰にどう遺すかは、原則として自由だからです。
とはいえ、それで話が終わるわけではありません。ここで登場するのが、遺留分です。
◆ 遺留分とは?遺言があっても残る最低限の取り分|兄弟姉妹にはない
遺留分とは、一定の相続人に法律で保障された、最低限の取り分のことです。亡くなった方が遺言で財産を誰か一人に集中させても、遺留分にあたる分は、ほかの相続人のために確保されています。しかも、遺留分の計算のもとになるのは、亡くなった時点に残っていた財産だけではありません。亡くなる前に特定の相続人へ住宅資金などまとまった贈与をしていた場合、その贈与も一定の範囲(原則、亡くなる前の10年以内。相続人以外への贈与は1年以内)でさかのぼって計算に加えます。生前に渡しておけば遺留分を避けられる、というわけではないのです。
遺留分が認められるのは、配偶者・子(や孫)・親(や祖父母)です。ここで大切なのは、兄弟姉妹には遺留分がないことです。兄弟姉妹だけ認められていないのは、亡くなった方と世代が近く、多くはすでに独立して自分の暮らしを築いているため――残された財産に生活を頼る度合いが、配偶者や子ほど高くないと考えられているからです。
この違いは、結果を大きく変えます。たとえば子のいないご夫婦で、ご主人が亡くなり、相続人が奥様とご主人の弟だったとします。ご主人が「全財産を妻に」という遺言を遺していれば、弟には遺留分がないため、そのとおり奥様がすべてを継げます。一方、今回のように相続人が子であれば、遺言で外そうとしても最低限の取り分は残ります。同じ「遺言で一人に集中」でも、相続人が誰であるかによって結果が違ってくるのです。
誰が相続人になり、それぞれの法定相続分がどれだけになるかは、『法定相続人とは?誰が相続人になるか|順位と法定相続分の基本』で整理しています。
◆ 一人あたりの遺留分はいくら?|法定相続分の半分が基本
一人ひとりの遺留分は、シンプルな掛け算で求められます。基本は、その人の法定相続分の半分(1/2)です。相続人が親や祖父母だけのときに限って、法定相続分の3分の1(1/3)になります。兄弟姉妹に遺留分がないことは、先に触れたとおりです。
たとえば相続人が子1人だけなら、その子の法定相続分は財産の全部ですから、その半分の1/2が遺留分です。配偶者と子1人なら、法定相続分はどちらも1/2ずつなので、そのまた半分の1/4ずつが遺留分になります。おもなパターンをまとめると、次のとおりです。
遺留分の割合(=各自の法定相続分 × 1/2。親や祖父母だけのときは × 1/3)
- 配偶者と子 …… 配偶者1/4、子は全体で1/4(子が2人なら1人1/8)
- 配偶者と親 …… 配偶者1/3、親は全体で1/6
- 子だけ …… 子全体で1/2(子が3人なら1人1/6)
- 親(や祖父母)だけ …… 全体で1/3
- 兄弟姉妹 …… 遺留分なし
今回のケースは、相続人が子3人。一人の法定相続分は1/3で、その半分が遺留分ですから、一人あたり「1/3 × 1/2 = 1/6」になります。
ケース:財産6,000万円・子3人・「全財産を長男に」の遺言
- 一人あたりの遺留分 = 6,000万円 × 1/6 = 1,000万円
- 次男・長女は、それぞれ1,000万円を長男に請求できる
- 請求後に長男の手元に残るのは 6,000万円 − 1,000万円 − 1,000万円 = 4,000万円
つまり次男と長女には、遺言で「ゼロ」とされても、それぞれ1,000万円までが遺留分として保障されている計算になります。
◆ 遺留分は請求してはじめて戻る|遺留分侵害額請求と1年の期限
ここが、いちばん誤解されやすいところです。遺留分は、黙っていても自動で戻ってくるものではありません。
遺留分を侵害された人が、多くを受け取った人に対して「最低限の取り分に相当するお金を支払ってください」と求める必要があります。この手続きを、遺留分侵害額請求といいます。
じつは、この請求のかたちは、法改正で大きく見直されました。かつては、遺留分を主張すると、実家などの財産そのものに自分の持ち分が生まれる形でした。そのため、望んでもいない共有状態になり、かえって話がこじれることもありました。いまは「侵害された分をお金で払ってください」とお金で求める形に一本化されています。実家そのものを分けてもらうのではなく、その価値に見合うお金を受け取る、というイメージです。
そして、この請求には期限があります。相続が始まったことと、自分の遺留分が侵害されていることを知った時から1年です。相続開始から10年を過ぎたときも、請求できなくなります。1年はとても短いので、遺言の内容を知ったら早めの判断が必要です。
次男・長女がこの請求をしなければ、遺言どおり長男がすべてを継ぐことになります。遺留分は「権利がある」だけで、使うかどうかは本人しだいなのです。だからこそ、お父様が長男に継がせたいと願うなら、その願いがまるごと通る余地も残されています。
出典:裁判所「遺留分侵害額の請求調停」
https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/lkazi_07_26/index.html
◆ 遺留分の精算で相続税もやり直し|更正の請求と修正申告
遺留分を支払ったり受け取ったりすると、相続税の計算もやり直しになることがあります。多く受け取っていた側(長男)は、支払った分だけ受け取る財産が減るので、払いすぎた相続税を取り戻す手続き(更正の請求)ができます。一方、遺留分を受け取った側(次男・長女)は、その分の相続税を追加で申告(修正申告や期限後申告)することになります。
この精算にも期限があり、遺留分の金額が確定したことを知った日の翌日から4か月以内が一つの区切りです。遺産分割の話し合いに気を取られて申告が遅れると、延滞税がついてしまうこともあります。揉めごとが片付いたら、税金の精算も忘れずに、と心に留めておくとよいでしょう。
出典:国税庁「相続税及び贈与税の更正の請求手続」
https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/sozoku-zoyo/annai/1585-10.htm
偏った遺言を前にすると、「もう何も言えないのか」と、つい身構えてしまうものです。でも、遺留分という最低限の取り分があると知っていれば、必要以上に慌てず、落ち着いて次の一手を考えられます。
大切なのは、感情のぶつかり合いになる前に、守られている範囲を正しくつかんでおくこと。知っておくだけで、向き合い方はずいぶん変わってくるはずです。
遺言の確認は、遺産分割という一連の流れの一部です。相続人の確定から分け方、期限までの進め方は、『遺産分割は何から始める?進め方の手順と知っておきたい10か月の期限』で確認できます。
