遺産分割の決め方|税理士でも決められない「納得できる分け方」とは

目次

──「得な分け方」と「納得できる分け方」は違う

遺産の分け方は、税金で最適化できる計算問題ではなく、家族の感情の問題です。しかも分け方が決まらないと特例が使えず、税金そのものが増えてしまいます。

実際に、ある相続の相談で、私はこんな場面に立ち会ったことがあります。

お父さんを亡くされたばかりの、お母さんと、二人のご兄弟。テーブルの上に、私は分割案を広げました。財産の大半は、ご実家の土地と建物。預金はそれほど多くありません。ふつうなら自宅はお母さんが継ぐところですが、そうするといずれお母さんが亡くなったとき、同じ家にもう一度相続税がかかってしまう。それを避けるには、いま同居している長男が自宅を相続して小規模宅地等の特例を使い、残った預金をお母さんと弟さんで分ける――。二代先まで通して計算すると、これがいちばん税負担の少ない、きれいな案でした。

私が説明を終えると、少しの沈黙のあと、弟さんが口を開きました。「先生、税金の話は分かりました。でも、なんで兄貴が家を……」。その先は言葉になりませんでしたが、空気で分かりました。私が出したのは「いちばん得な分け方」であって、「この家族が納得できる分け方」ではなかったのです。

お母さんは、ずっと黙っていました。

このとき私が痛感したのは、遺産の分け方というのは、後から数字で最適化できる「計算問題」ではない、ということです。それは、家族の「感情の問題」なのです。

◆ 遺産分割がこじれる理由|未分割だと特例も使えない

理由は大きく二つあります。

一つは、感情です。相続の場というのは、突き詰めれば「亡くなった人の物を、残された人たちで分ける」場です。そこには、誰が親の面倒をいちばん見たか、誰が家を継ぐのか、昔あの時こうだった――そういう、何十年分もの気持ちが一度に噴き出します。後から呼ばれた専門家が、どれだけ正しい数字を並べても、その積もった歴史までは動かせません。むしろ、外から来た人間が「こう分けるのが合理的です」と言うほど、「家のことを他人に決められたくない」という気持ちを逆なでしてしまうことすらあります。

もう一つは、税金です。実は、分け方が決まらないと、払う税金そのものが増えてしまうのです。相続税の申告と納税には、「亡くなったことを知った日の翌日から10か月」という期限があります。この10か月のあいだに遺産の分け方が決まらないと、いったん「未分割」のまま申告しなければなりません。

そして、この未分割の状態では、相続税を大きく下げてくれる二つの代表的な特例――配偶者の税額軽減と、小規模宅地等の特例――が、どちらも使えないのです。本来なら税金がゼロで済んだはずの配偶者にも、いったんは税金がかかる。本来なら自宅の評価が大きく下がったはずなのに、満額で課税される。つまり、もめている家ほど、まず高い税金を、現金で先に払わされることになります。

救いがないわけではありません。申告のときに「申告期限後3年以内の分割見込書」という書類を添えておけば、その後3年以内に分け方が決まった段階で特例を使い直し、払いすぎた分を取り戻すことができます(分け方が決まった日の翌日から4か月以内に「更正の請求」という手続きをします)。ただ、これはあくまで「いったん多く払って、後で返してもらう」話です。その立て替えの現金は用意しなければなりませんし、3年以内に決着しなければ、原則として特例そのものを諦めることになります。

もめればもめるほど、家族の関係も、お金も、すり減っていく。これが、現場で何度も見てきた現実です。

◆ 税理士にできること、できないこと

では、私には何ができるのか。正直にお話しします。

私にできるのは、数字を最適化することです。どう分ければ税金がいちばん安いか、どの特例が使えるか、書類をどう整えるか。そこは専門家として責任を持てます。

けれど、「この家族が、どう分けたら気持ちよく終われるか」――これは、私には決められません。それは、家族にしか決められないことだからです。後から呼ばれた者に出せるのは、せいぜい「税務上は有利な分け方」であって、「正しい分け方」ではありません。何が正しいかは、その家族の歴史の中にしかないのです。

冒頭のご家族の沈黙は、私の分割案が間違っていたから生まれたのではありません。分け方を考え始めたのが、お父さんが亡くなったあと――家族にとっていちばん話しづらいタイミングだったからです。

◆ 遺産分割は、元気なうちに家族で話す

だからこそ、お伝えしたいことは一つです。遺産の分け方は、相続が起きてからではなく、元気なうちに、家族で話しておく。

といっても、完璧な分割案を作る必要はありません。むしろ、それは要りません。必要なのは、ざっくりとした方向性です。「家はお母さんに残す」「預金はきょうだいで分ける」――そのくらいの大きな話を、親御さんが元気なうちに、家族全員が同じテーブルで一度口に出しておく。たったそれだけで、いざ相続が起きたときの空気が、まるで違います。

ポイントは、親御さん本人が生きているうちに、ということです。親が「自分はこう分けたい」と言えるうちに言っておけば、それは親の意思になります。けれど親が亡くなってから子どもたちが分け方を決めようとすると、それは途端に「親の遺した物の取り合い」に見えてしまう。同じ内容でも、語る人が生きているかどうかで、受け取られ方がまるで変わるのです。

では、何を話せばいいのか。難しく考える必要はありません。さしあたって方向性を決めておきたいのは、ざっくり三つです。一つ目は、誰が実家に住むのか(あるいは引き継ぐのか)。家は現金のようにきれいに割れず、もめる火種になりやすいので、ここの見当がついているだけで全体がぐっと楽になります。二つ目は、お墓や仏壇を誰が見るのか。お金には表れない部分ですが、後々の感情にしっかり効いてきます。三つ目は、親をいちばん近くで支えた人がいるなら、その労にどう報いるか。法律は「誰がどれだけ世話をしたか」を、必ずしも金額に反映してくれません。だからこそ、親御さん本人の口から「あの子には世話になったから」と一言あるだけで、後の納得感がまるで変わります。

正式な遺言にできれば、それがいちばん確実です。けれど、そこまで構えなくてもいい。お盆やお正月、家族が集まったときに、親御さんがぽつりと「家のことだけど」と切り出す。その一言が、後の何十時間分もの話し合いと、何百万円もの税金と、こじれかけた関係を、まるごと救うことがあります。

もし、「うちはどう分けたらいいのか分からない」「何から話せばいいのか見当もつかない」ということであれば、相続が起きる前に、一度、第三者を交えて整理しておくのも一つの方法です。税理士に相談するのは相続が起きてからだと思われがちですが、本当に効くのは、その前なのです。

分け方は、早めに、家族で。これだけは、現場を見てきた私からの切実なお願いです。

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