──相続税のあとに待つ、もう一つの確定申告
相続した株を売ると、相続税とは別に、相続人自身に所得税がかかります。買った値段の記録が残っていないと、売値のほとんどが利益とみなされ、税金が大きく膨らむことがあります。
実際に、ある相続のご相談で、こんなことがありました。
お母様を亡くされた、50代の娘さんからのご相談でした。お母様は長年、株式を持っておられた方で、相続税の申告も無事に終わり、娘さんは「これでひと区切り」とほっとされていました。
その翌年のことです。まとまったお金が必要になり、相続した株の一部を売られました。証券会社の手続きどおりに売っただけ。特別なことは、何もしていません。
ところが年が明けて、確定申告の時期。税理士に相談したところ、思いがけない言葉が返ってきます。「これは、かなりの所得税がかかりますよ」と。
娘さんは戸惑いました。「相続税は、ちゃんと払いました。なのに、なぜ、また税金が……?」
理由を聞いて、さらに驚かれます。お母様がその株を買ったときの値段──取得価額──を示す記録が、どこにも残っていなかったのです。そのため、売った金額のほとんどが「儲け」とみなされ、そこに所得税がかかる、というのでした。
◆ なぜ、買った値段が分からないと税金が増えるのか
株を売って利益(譲渡益)が出ると、その利益に対しておよそ20%の所得税・住民税がかかります。利益は「売った金額 − 買った金額(取得価額)」で計算します。だからこそ、買った金額がいくらだったのかが、とても大事になります。
ここで分かれ道になるのが、亡くなった方が株を「どの口座」で持っていたか、です。
証券会社の「特定口座」で持っていた場合は、買った値段がきちんと記録されているので、引き継いだ相続人もその金額を使えます。問題は「一般口座」の場合です。古くから持っておられた株や、昔の取引では、取得価額が記録に残っていないことがあります。証券会社に問い合わせても分からない、ということが、実際に起こります。
買った値段が分からないときは、「売った金額の5%を取得価額とみなす」というルールで計算することになります。裏を返せば、売った金額の95%が「儲け」として扱われる、ということです。たとえば1,000万円で売れたとすると、950万円が利益とみなされ、そこにおよそ20%──だいたい190万円ほど──の税金がかかる計算になります。本当はもっと高い値段で買っていたかもしれないのに、です。
◆ 扶養・健康保険・医療費にも影響する
実は、影響はこれだけではありません。
株を売った利益は、その年の「所得」に加わります。所得が大きくなると、税金とは別のところにまで、波が及ぶことがあります。
たとえば、これまでご家族の扶養に入っていた方は、注意が必要です。税金の面(配偶者控除や扶養控除)では、株の利益がその年の所得に加わることで、扶養から外れてしまうことがあります。すると、影響は本人だけにとどまりません。これまでその方を扶養していたご家族の側も、控除が使えなくなることで、税負担が増えることになります。一方、健康保険の扶養は少し扱いが違い、株を売ったような一回限りの収入は「一時的なもの」とみなされて、外れずに済むケースもあります(加入している健康保険によって判断は分かれます)。
また、もともとご自身で国民健康保険に入っている方の場合は、別の影響があります。国民健康保険料は前年の所得をもとに決まるため、株を売って所得が増えた翌年は、保険料が大きく上がることがあります。さらに、医療費を病院の窓口で支払うときの負担割合(1割・2割・3割)も、所得によって変わります。株を売った年の所得が引き金になって、これらの負担が一段重くなる──ということが、起こり得るのです。
「株を売っただけ」のつもりが、所得税にとどまらず、健康保険や医療費にまで響いてくる。ここは、本当に見落とされやすいところです。
◆ なぜ、専門家でも後回しにしてしまうのか
正直にお伝えします。この「相続した株を売ったあとの所得税」は、相続税の申告とは登場する場面が違うため、相続の現場でも、ご相談のときには細かくお伝えしきれていないことがあります。
相続税の申告で頭がいっぱいのときに、「その先、株を売るとどうなるか」まで一緒に見通すのは、実はなかなか難しい。けれど、売る予定があるのなら、本当はその時点で考えておいたほうがいい話なのです。
◆ 取得費加算の特例で、所得税を抑える
少しだけ、希望のある話もしておきます。
相続した財産を、相続税の申告期限の翌日から3年以内(亡くなってから3年10ヶ月以内)に売った場合、納めた相続税の一部を、その株の取得価額に上乗せできる特例があります。「取得費加算の特例」と呼ばれるものです。これを使えると、利益が圧縮され、所得税を抑えられることがあります。
ただし、ここには期限があります。ぼんやりしているうちに、この特例を使える時期を過ぎてしまうこともある。だからこそ、「いつ売るか」を早めに考えておくことに、意味があるのです。
◆ 特定口座か一般口座か、売る前に確かめる
できることは、とてもシンプルです。
もし親御さんが株をお持ちなら、それが「特定口座」なのか「一般口座」なのか、そして買ったときの値段が分かる記録が残っているかを、今のうちに一度確認しておくことです。記録さえ残っていれば、概算の5%で計算されて税金が膨らむ、という事態は避けられます。
相続した株は、売って初めて「もう一つの税金」が姿を現します。相続税を払って、それで終わり、ではない。その先まで見通しておけると、慌てずに、落ち着いてお金の段取りができます。
もし株を売るご予定があるなら、「売ったあとに、自分にどれくらいの税金がかかるのか」を、売る前に一度確かめておくことを、おすすめします。