──相続税の納税資金で慌てないために
相続した株は、口座開設と移管におよそ2ヶ月かかり、すぐには現金にできません。相続税の納税資金が期限に間に合わなくなる前に、早めに段取りしておくことが大切です。
実際に、ある相続のご相談で、こんなことがありました。
お父様を亡くされた、50代の息子さんからのご相談でした。お父様はコツコツと株式投資をされていた方で、遺された財産の大半が上場株式。相続税の申告が必要なことは分かっていたので、亡くなってまもなく、知り合いの紹介で税理士に申告を依頼されました。
息子さんは、それで安心していました。「あとは先生がやってくれる」と。
ところが、申告期限が2ヶ月後に迫った頃、ご家族の間で遺産分割の話し合いがようやくまとまり、いざ株を売って納税資金を作ろうとしたとき、思わぬ壁にぶつかります。
亡くなったお父様の株は、そのままでは売れなかったのです。まず息子さんご自身の名義で証券口座を新しく開き、そこへお父様の株を移し替えてからでないと、売却できない。書類の準備や手続きを含めると、売れる状態になるまで全体で2ヶ月近くかかると言われてしまいました。
期限まで、もう2ヶ月。間に合うかどうか、ぎりぎりです。しかも追い打ちをかけるように、その時期、株価が下がっていました。相続税は亡くなった頃の高い評価額で計算されているのに、今売って手元に入る現金は、それより少ない。「税金の額は決まっているのに、払うお金が足りない」という、想像もしていなかった事態でした。
息子さんは、こうおっしゃいました。「こんなことになるなら、もっと早く動いていればよかった。誰も教えてくれなかった」と。
◆ なぜ、相続した株はすぐに売れないのか
相続税には、申告と納税の期限があります。亡くなった日の翌日から10ヶ月。多くの人は「10ヶ月もあるなら大丈夫」と思います。実務に携わる者は、この期限をいつも頭に入れています。
でも、現場で何度も見てきた落とし穴があります。それは「税金を払うための現金が、期限に間に合わない」というものです。中でも、亡くなった方が株を持っていたケースで、これが起きやすい。
先ほどの息子さんのケースのように、相続した株は、すぐには売れません。株を売って現金にするには、まず相続人ご自身の名義で証券口座を新しく開く必要があります。その口座開設に時間がかかります。さらに、亡くなった方が持っていた株を、その新しい口座へ移し替える(移管する)手続きが必要で、これは書類に不備がなければ1ヶ月ほど。とはいえ、口座開設や書類の準備、不備があったときのやり直しも含めると、売却できる状態になるまで全体で2ヶ月程度はみておいたほうが安心です。
しかも、この期間のカウントが本格的に始まるのは、遺産分割の話し合いがまとまってからです。誰がどの財産を引き継ぐかが決まらないと、株の移管も進められません。ご家族の話し合いが長引けば、その分すべてが後ろにずれていきます。気づいたときには、口座開設も移管も売却も、申告期限にギリギリ──あるいは間に合わない、ということが起こります。
ちなみに、この時間は少し短くできる場合があります。もし相続人の方が、亡くなった方と同じ証券会社にすでにご自身の口座をお持ちであれば、新しく口座を開く手間が省けるからです。同じ会社の中での移管になるので、手続きもいくらかスムーズになります。あらかじめ口座を持っているかどうかで、動き出せる早さが変わってきます。
◆ 納税が期限に間に合わないと、延滞税がかかる
納税が期限に遅れると、延滞税がかかります。相続財産がそれほど多くなければ、相続税自体が小さいので、延滞税も大きな額にはなりません。でも、財産が多ければ相続税も大きくなり、それに比例して延滞税も膨らんでいきます。
ここで一つ、最近の事情をお伝えしておきます。近年は株価が上がっています。そのため、「うちはそんなに財産はないはず」と思っていたご家庭でも、株式の評価額が思った以上に大きく、結果として相続財産がかなりの額になっているケースが増えています。ご自身が思っているより、納税額が大きくなる可能性があるのです。
そして、株にはもう一つ、見落とされがちな落とし穴があります。
相続税を計算するときの上場株式の評価額は、4つの時点──亡くなった日の終値、その月の終値の平均、前月の終値の平均、前々月の終値の平均──のうち、最も低い金額を採用してよいことになっています。つまり、税額は「評価した時点の株価」で固定されます。ところが、実際に株を売って現金を作るのは、その数ヶ月後です。もしそのとき株価が大きく下がっていたら、どうなるでしょうか。
税金は高い評価額で計算されているのに、手元に入ってくる現金は、それより少ない。結果として、納税資金が足りなくなる──ということが、実際に起こり得ます。先ほどの息子さんが直面したのが、まさにこれでした。
◆ 納税資金が足りないとき|延納・物納という道
それでも納税資金がどうしても用意できないとき、いくつかの道はあります。ただ、どれも「最後の手段」であって、最初からあてにできるものではない、というのが正直なところです。
一つは、税金を分割で納めていく「延納」という制度です。一度に払えない分を、何年かに分けて納めることが認められる場合があります。ただし、原則として担保が必要で、分割して納める期間には利子税という利息のような負担も上乗せされます。誰でも自由に使えるわけではなく、条件があります。
もう一つ、現金の代わりに株や不動産そのもので納める「物納」という制度もあります。ただ、これは延納でも難しい場合に限られるなど、条件がさらに厳しく、認められるためのハードルは高い。「現金がなければ株で納めればいい」と気軽に考えられるものではありません。
そして、これらの申請が間に合わなかったり、認められなかったりして、それでもお金が足りなければ、最終的には財産が差し押さえられることもあります。つまり、こうした制度は「困ったときの逃げ道」ではあっても、頼り切れる保険ではない。だからこそ、そもそも資金が足りなくならないよう、前もって段取りしておくことが大事になります。
◆ なぜ、専門家でも見落とすのか
正直にお伝えすると、この「納税資金の段取り」は、相続の実務でも見落とされがちな部分です。申告を期限に間に合わせること、正しく税額を計算することには、現場はいつも全力を注ぎます。けれど「その税金を払うお金を、いつ・どうやって用意するか」は、申告そのものとは別の話。だからこそ、抜け落ちやすいのです。
申告書を期限内に出すことと、納税資金を期限内に用意することは、似ているようでまったく別の準備です。この二つを最初から分けて考えておくことが、慌てないための第一歩になります。
◆ 納税資金の段取りまで、早めに考えておく
答えはシンプルです。早めに、納税資金の段取りまで含めて考えておくことです。
相続が起きたら、まず遺産分割の話し合いを早めに進める。株があるなら、証券口座の開設と移管に時間がかかることを見込んで、早めに動き出す。そして「申告期限」とは別に、「納税資金をいつ・どうやって用意するか」を、最初から計画に入れておく。
私がご相談を受けるときには、相続財産の総額がざっくりとでも分かった段階で、簡易的に相続税を計算し、必要な納税額をお伝えするようにしています。全体の金額が早めに見えると、ご家族は「いつまでに、いくら用意すればいいか」が分かり、安心して準備を進められるからです。
相続は、起きてから慌てて動くと、選べる手が一つずつ減っていきます。逆に、早い段階で全体像を把握できれば、慌てずに、落ち着いて進められます。もし親御さんが株をお持ちなら、「いざというとき、その株はすぐ現金にできるのか」を、今のうちに一度考えておくことをおすすめします。
なお、ここで一つ付け加えておきたいことがあります。この記事は「株を売って、相続税を納めるまで」の話でした。けれど、株の落とし穴は、実は売った後にもあります。相続した株を売ると、今度は相続人ご自身に所得税がかかる場面があり、ここにも見落とされやすい注意点があるのです。その話は、別の記事「相続した株を売ったときの税金|取得費がわからない時の譲渡所得の注意点」であらためてお伝えします。